健康のみかた

「健康のみかた」と言えば。水の飲み方、薬の飲み方、サプリメントの飲み方、お酒の飲み方などをイメージされる方が多いですね。健康と言えば「何かを飲む事文化」「健康な食事たべる文化」「健康食品を摂取文化」が進んでおります。そんなに飲んだり食べたりして健康になるのでしょうか?人はそれほどまでに「不足した食べ物」が有るのでしょうか、そんな素朴な疑問が湧き上がります。


《本当は健康の味方をみつける!》
健康には色々な角度からのみかたがあります。
西洋医学のみかた、漢方のみかた、カイロプラクティックのみかた、整体のみかた・・・・・
一般社会では西洋医学が最も優れていると、信奉されております。
それが最新医学であり、最新科学で確かなものだと信じられて法律的にも保護されています。
確かに、西洋医学の進歩は一般人の想像を遥かに超える領域もあります。
しかし、変なのです。
いまだに「風邪ひとつを治せません」基本は栄養をとって休むだけ。
医療機器の検査で分からない「痛み」は、健康と言う。
[私には、分かりません。」とは言わない、「この対処法は、知りません。」とも言わない、そのかわりに「健康です」と平気で診断する。
痛みが発生していて、「問題ありません、健康です。」と言っては、もうそれは“科学”ではありません。
そして、手遅れに成って初めて「どうして、ほおっておいたの?」と言い放つ。
私の整体院の利用者でも、「これは、明らかにおかしいですから(整体の範囲では無い)、大きな病院に行ってください。」と進め、本人も病院に行かれたのですが、「健康です」と太鼓判をおされてしまった。
「健康です」と言う医者の診断に納得出来無い私は、何度も大手病院で診断を受ける事を勧めた。
それから一年間ほど私の整体院通いをしながら、激痛を緩和し激務の仕事を無理につづけた。
その間、札幌で総合病院や大学病院での診断結果は、「とても、健康です。」と判断されていた。
“体の辛さに心配に思われた利用者”はもう一度、医者に確認を求めると、その度に何処の病院先生にも怒鳴られたそうです。
私のクライアントの“健康のみかた”は、「体を休ませないと命に関わる問題だ」と判断していました。
私はクライアントに少し身体を休ませてほしかったのです。
しかし、私は「命が危ないから休め!」とは医者で無い私は言えないのです。(法律上)
一年半後に五回目の病院で、末期の癌が発見されましたが、開腹手術の結果は“彼はすでに手遅れ”でした。
医学の、“ど素人”の整体師でも分かる事が、何故、医学の最前線でも何一つ出来ないのでしょうか?
じつは、この様な事は一度や二度ではありません。
わたしは、事実に正直な事が科学の最低限の科学性だと考えます。
整体師は「医学のど素人」ですが、ある痛みの症状に対しては、特別の能力を持っていたり対処法を知っていたりします。《健康の味方》も独自なものです。でも、間違いも多いでしょうが、医者も信じられない程、間違っていたりします。整体は間違うとすぐに罰せられます。怖い事ですね。

整体院の需要はとても高い時代に入り始めている。身近な健康の味方であり、健康に対しての独自の健康法を持っている人も多いだろう。
整体院はお店を構えて営業しているのだから、変な仕事はできない。
競争が激しいし、健康保険も使えないから、結果の出せない整体院はすぐにつぶれる。

物事の思考が偏っている人は、「整体師は体の、ど素人だ」、「国家資格が無い」などと、誹謗中傷する人がいるが「国家資格が有り、体のプロが問題を解決出来ない、投げ出す、治せないなどの現実があり事実があるのです。」こんな苦しむ人たちに、確実にそれなりの結果をだしています。

こんな環境の中で、整体に需要が有るのは「整体が、人の問題に真面目に取り組んでいる体のプロ」だからではないだろうか?
整体師に成ってみると、健康産業の中で「こんな事も分からないのか?」、「この程度の問題も解決できないのか?」、「医師と言われる人達が、この程度のレベルの《体のみかた》が出来ないのか?」と、驚くばかりです。だからこそ、整体師はより謙虚に「体のど素人」としての「腕や」「能力を」、磨き続けなきゃいけないのです。
整体師に成って初めて分かる『健康の見かた』が可能なのです。
いっそうの事、義務教育に導入すべきです。
整体院は、身近な健康の味方であり「傷みに苦しむ人の味方として、痛み見かたも考え方のスタンスで理解の仕方も対処の仕方も異なります。
日常生活で、健康のみかたといっても、①健康の味方、②健康の見かた(様子を見る)、③健康の診方(診察)、④健康の観方(見物)、⑤健康の看方(世話をする)、⑥健康の視かた(視察)などと健康についての考え方として、私達が日常生活で必要なのが、「困ったときの味方」ではないだろうか。
私たち整体師は「健康の味方」でありたいと、この職業についた。
つまり、一般人には無い、健康の見かたが必要になるであろう。